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〜千億の彼方より〜 わさび伝説



●1589ビジョン 2 (天正17年大浦城・春)

 朝間近。
一番鳥が鳴くころ、堂順に付き添われワサビが入ってきた。

「おお、ワサビいかがいたした。」「大丈夫か?」
互いに声をかける我ら四人に堂順は、
「皆様方、心配は要りませぬ。ただ、ワサビは非常に疲れた模様。
衰弱しておりましたが、少し休んだ後、何か滋養のあるものを取って横になれば、明日にでも回復しましょう。」
「ならば、堂順。何がよいのか朝餉のしたく前に、小物に伝えてくれぬか!」
為信の声を聞きながら、(ワサビはほとんど物を食せぬのだ)私はそう思いつつ、ワサビを見る。
確かにやつれて見えた。
いつも生命力に溢れているこの娘がこのような状態になるのは、初めてのことだった。ビジョンが終わった後のいつもの疲れ方ではない。

「本当に大丈夫か?話しはできるのか?」
「もう、平気です。ただあの時はびっくりして。」ワサビは力なく微笑んだ。
「それだけではあるまい。あのときの悲鳴。只事ではなかったぞ」
「これ、祐光。そうワサビを責めるでない。ワサビは病み上がりぞ。」為信様がたたみ掛ける私を叱った。
「殿、私はワサビを責めておるのではござりませぬ。ただただ、心配で。」
横を見ると、普段冷静沈な綱則も心なしか顔を青ざめ、心配そうにワサビを見つめていた。
「皆様。本当に平気でございます。」
「ならば、無理をせぬように、お願い致そうか。しかし、ワサビ、お前本当に大丈夫か?何ならゆっくり休んでからでもよいのじゃぞ」為信様も心配そうにいう。
「もう、だいぶ良くなりました。」
「それでは儂は席をはずそう。」
念西坊殿が気をきかし立とうとすると、
「念西坊様、それには及びませぬ。貴方様もかかわることでございます。もし、殿様が宜しければごいっしょに。」
「かまわぬぞ、念西坊。一緒に話しを聞こうではないか!」
「では、昨夜のビジョンの説明をいたしましょう。」

 ワサビは我らをしっかりと見つめて話しはじめる。
「殿様は、この津軽を出て、秀吉殿と会わなければなりませぬ。」
 青白い顔ではあるが、ワサビの言葉は、はっきりと意思を持った力強い言葉であった。
「しかし、すでに秀吉殿と南部信直の間で、陸奥の信直支配の約定が済んでしまった。今、のこのこと秀吉殿に会いに行けば即座に捕縛、打ち首じゃぞ。」すかさず綱則が言う。
「そうじゃ。軍議でもその意見はでたが、結局とりあげられなんだ。あの八木橋など、顔を真っ赤にして反対して折ったぞ。」念西坊も続ける。

「鷹が道を示してくれました。」
「鷹・・・であるか!?」為信様は不思議そうな顔をワサビに向ける。
「そう、鷹です。聞けば豊臣秀吉殿、羽柴秀次殿、織田信雄殿の三名とも鷹狩りをたいそう好むとか。津軽には津軽鷹という見事な鷹が生息します。その鷹を献上するのです。この津輕鷹が殿とお三方に友誼を結ばせるでしょう。私たちは皆でそのために秀吉様に会うために旅に出るのです。」
「鷹か、ヨシ、このまま何もせずば、やがては秀吉の威光を借りた南部勢に攻め込まれ、滅亡は必定。虎穴に入らんば何とやら、だ。
しかし、まず、鷹を捕らえねばならぬ。天下を我が物と成さんとするお人に謙譲するような見事な鷹がやすやすと捕らえられようか?」
「そのお役目は私と祐光様とで、必ずや意に沿う鷹を見つけましょう」
「そうか、ワサビは動物の心が解るのであったな。」
「ただ、わかるのではありません。話し合い、お願いするのです。」
「おお、そうであったな。しかし、未来を見えるのは便利なものじゃて。」
「殿、たとえ未来が見えたとて、そう簡単ではございませぬ。」
「何故じゃ。己が行く道が事前にわかっておればこんなに楽なことはあるまい。」
「殿様、事はそう単純ではありません。例えば、殿が近くを散策していて二股に分かれた道が有るとしましょう。右へ行くか左へ行くかはご自分の自由でございましょうが、どちらを選ぶかその結果で景色も出合う人も変わってしまいます。それでも普通ならば何事もなくわが屋敷へお戻りになり、寝てしまえばそれで不都合はないでしょう。しかし、人生には運命の転換期という曲がり角がいくつか有るのです。例えば、もし殿が道で行き倒れの人がいたらなんといたします。」
「それは、助けるであろう。」当たり前だ、と云うような顔をみせ、答える為信様に頷きながらワサビは続ける。
「そう、心お優しい殿様なら、必ずや助け介抱しましょう。しかし、その者が敵方の刺客で殿や祐光様を倒すために送られた者だとしたらいかがいたします。そして、殿様が助け、良い行いをしたことで、殿や祐光様が倒されることになったら!?」
「そ、それは・・・!ワサビ、そんなことを考えていたら生きては行けぬぞ。」
「そうです。だから普段は自分の信じたことを、信じたように生きられればよろしいのです。
それに、未来は幾重にも変化するのです。先ほどの話しですが、もし助けた者が殿のお命を奪ったとしましょう。そのことによって、今後起こる戦がなくなって、何千もの兵や領民の命が助かるとしたら、殿と刺客はどちらが良いことをしたのでしょうか?」
「コラッワサビ口が過ぎるぞ!」ワサビのあまりにも不躾なたとえに思わずたしなめる私に為信様は、
「よいわ祐光。ワサビ、先を続けろ」
「しかし、殿がいないことにより助かった多くの者は、今度は侵略者の仲間とみなされ、その隣の大国によって滅ぼされてしまいます。もしくは、殿が刺客の手から逃れたとしましょう。その後敵を討ち滅ぼしたとしましょう。しかし、次にその隣の大国との戦が待っているかも、もしくはないかも知れません。また、殿が最初のときに何らかの都合ができ、お出かけにならず、その刺客と出会わなかったらどうなりましょう。行き倒れた刺客は死ぬかもしれません。違う人に助けられるかもしれません。その後、刺客は殿のお命を再び狙うかもしれません。自国へ帰るかもしれません。そして敵方は再び別の刺客送るかも知れません。直接的な攻撃にうつるかも知れません。それは誰にわかりましょう。」
「なんと、未来とは、運命とはそのように移ろいやすいものなのか!?」
「未来は刻々と変貌しています。今この瞬間でも誰かが右へ行くか左へ行くか選択しています。そしてその結果により他の人が巻き込まれてゆきます。大きな影響力を持った人であればあるほど他の人々を巻き込んで行きます。他人の人生に自分の未来が巻き込まれてゆくのです。先ほど殿を引き合いに出してしまいましたが、一人を殺して多くを救う。それが正しいかどうか、そのことは人智を超えた哲学です。そして、自分が選んだその道が正しいかどうか、おそらく誰にもわかりますまい。」
 この娘はなんと云うことを言うのだろう。人生と云うものは、いやこの世の形はすべて偶然の結果だ、とでもいうのだろうか?我らはワサビのあまりの話しに考え込んでしまた。
「まったく判らん。それでは未来の行く末など占ったところで何もならぬではないか」
ワサビの説明に口をポカンと開けた西念坊は思わずつぶやく。
「ワサビよ、あい判った。」
「フフッ、どのようにですか、殿様。」愛らしく小首をかしげながらワサビは為信様を見る。
「判らぬことが、判った。じゃがワサビよ。一つだけ本当にわかったことがある。」
「それは何ですか?」
「ウム、それはのう。後の人々が我が行いを、聖者、賢者の行為と云うか、天下の阿呆者、極悪人と蔑むか、判断するじゃろうということじゃ。だからのう、ワサビ、儂はこれからは自分に恥じぬよう、好きにやる。我が行いは歴史が判断するじゃろう。儂は己が正義を貫くぞ。お前の言葉で目の前の霧が晴れたわ!綱則、儂は石田光成殿に仲介の仲立ちを頼もうと思う、書状をしたためるで直ちに忍びを使わせ届けるのじゃ。それでは二人とも。鷹のことしかと頼んだぞ。」
ワハハと吼えるような笑いをみせ、綱則殿、念西坊殿とともに為信様は部屋を退去した。

「相変わらず決断が早い。正に殿は逸材じゃ、そして本当にお前を信頼しておる。したが、お前が本当に鷹と話ができることは実感として、理解不能のようじゃ」
「最近解ってきましたが、この星では他のものたちと話ができる人は非常に少ないのです。
私の話が信じられる祐光様がおかしいのです。」
「儂は変わり者か!?そうかも知れぬな」
「じゃが、あの瞑想中に見たものは?」
「シッ、ここでは内密に、山へ出かけたら説明いたします。」
危機感のかげりを漂わせたその顔に私はよほどの事だと改めて思い知った。
  
 ワサビがこの時話したことは、因果のことであろう。すべてのことには原因があって結果がある。もし誰かが散歩の途中に分かれ道に来て、右へ行くか、左へ行くか、まっすぐ進むか、それとも戻るか選択する。そのことでこれから出会う人も、見る景色も、その後の行いがまったく変わってくる可能性がある。友と出会うかもしれない。家族と会うかもしれない。誰にも会わないかもしれない。他人にぶつかるかもしれない。
どちらへ行こうとも、自分が動くことによって原因を作り、そのことにより、結果が生まれてしまう。自分が結果を作ったといってもよい。何も起こらずとも、誰かに顔を見られ印象付けられるかもしれない、その人が未来で重大な人になるかもしれない。虫を踏むかもしれない、虫はその夜に、人を刺すはずだった、そして刺された人は薬局に行くはずだったが共にその行為はなくなってしまった。そう、結局選択するまでは自分の考えで行なえるのだが、選択した後の経験は、その時点で一つの結果を生んでしまい、他の可能性を殺してしまうのだ、いやそのことで新たな選択肢を生み出してしまうといったほうが良いかもしれない。しかし、このことは自分ではどうしようもない。散歩にでなくても、誰かが尋ねてくるかもしれないし、何か事件に合うかもしれない。何もおきなく、本やTVをみてその知識を明日会社や学校に行き、話題にするかもしれない。

 生き物が満ち溢れているこの星では他が他に影響を与えずにはおれないのだ。互いに干渉し合っているといっても良いであろう。たとえ深山幽谷に一人篭っても、生あるもの同士と云うことであれば草木鳥獣すべて同じことなのだ。これが因果の恐ろしいところだ。ワサビが未来のビジョンを見ることによって自分たちの行動が変わり、そのことによってまた未来が動いてしまう。それでは四六時中ビジョンを見なければならず、ビジョンを見続けるけることによって何も行動を起こさねば、その先のビジョンは、最後は自分たちの未来が破滅へ向かうことを知る結果となるだけだろう。なぜならばこの星自体の因果が、行動し、成長し、エネルギーを生むことだからだ。
では、未来を選択し、占うことは無意味なことであろうか・・・?
そうではないだろう。心ならずも犯罪に手を染めることになる人もいることであろう。罪を犯せば、罪の意識含め、大きなマイナスの未来が開けよう。そうならないように、自制したり、回避するために占いと云うものがあるのかもしれない。
間単にいってしまえば、良い行いをすれば、良い未来が開ける確率が多いといえることだろう。他の干渉が大きすぎるこの世界ではそれは著しく現れるのではないか?
人へ未来への道を指し示す占いとは本来そういったもののはずだ。ワサビのように明確なビジョンが見れなくても、漠然と良い方向の未来を示せたはずである。
ワサビがいいたかったことは、おそらく、無限の可能性のある未来を現実に見据え、未来を良い方向に導くために日々努力することこそが、良い未来を現実のものとできる。そういうことであろう。しかし、他を喰らって成長することを宿命とされた、この星の生き物が、まして、戦国の世に生きる為信のような武将達が正しい未来を描くことは大変難しいことであろう。
遥か時の彼方ワサビが敵と遭遇したから、雑兵がいたから、祐光が切られたから、為信が偶然通りかかったから、
いや、それを言うなら為信が南部と戦をしたから、祐光の父が昔戦に負けたから、因と果は果てしなく重なり合う。

 いずれにしても、すべてが相俟って運命の糸はもつれにもつれ、本州最北端の小さな国の武将達はこのときより、日本と云う大きな国の因果律、歴史の流れの中に巻き込まれてゆくのであった。
Legend of WaSaBI
to be continue ⇒ 06-1589 鷹
ふたりはビジョンに導かれ
津軽鷹を探す?
そのとき語られたワサビ一族の秘密とは!?
 00. Prologue  01. 弘 前  02. 東日流霊異神記
1585 岩木山百沢
03. 東日流霊異神記
1585 大浦城(弘前付近)
04. 東日流霊異神記
1585 大浦城 その2
05. 東日流霊異神記
1589 春・ビジョン
06. 東日流霊異神記
1589 春・ビジョン 2
07. 東日流霊異神記
1589 夏・鷹
08. 東日流霊異神記
1590 旅・遭遇