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〜千億の彼方より〜 わさび伝説



●1589ビジョン 1 (天正17年大浦城・春)

 あの不思議な出会いから4年経った、天正17年(1589)春。大浦城(弘前付近)にて。
果敢な武将為信も、大南部は侮りがたく幾度と無く一進一退の小競り合いを繰り返していた。やがて戦いに倦んだころ、南部においた間者から為信に不報が届く。
奪い取った前大浦城主石川高信南部の一子、南部家26代棟梁南部信直と天下を狙う秀吉とのコンタクトによる、信直の陸奥の支配権の約定だった。
そうなれば信直の父高信を滅ぼした、為信は領地没収、下手をすると文字通り首を切られかねない。
為信は、祐光や綱則など、主だった家臣を集め会議を幾度と持ったが、ここに至り津軽は万策つき、滅亡の危機の予感に頭を悩ませることとなった。

 為信が急ぎ足で大広間を目指し中庭を駆けるように進んでいく。
このとき、為信39歳、祐光29歳。祐光は津輕に、そしてワサビは(他者には秘密であるが)大浦党にはなくてはならない存在とされており、特に性格が豪放な為信や当初敵方の間者と完全に疑っていた念西坊頼英は、なんでも直裁にいうワサビとの会話を今では心から楽しんでいたようであり、我が娘を愛しむがごとく可愛がっていた。
為信が途中ワサビをみつけ、いきなり抱きついてくる。
「おお。ワサビか!どうした。元気か。ちっとも大きくならないなあ。美味しいものをたくさん取らなくてはいかんぞ」
そう、いいながら、抱きついてくる為信様にワサビは
「殿様のおひげはくすぐったい」と笑いながら逃げる。
「いかん、皆が待っておる。良いか。たくさん食べるのじゃぞ」
為信様は、そういい残しあわてて、広間へ向かう
その後すぐに念西坊が駆けつけワサビを見つけると
「おお、おおワサビひさしいのう。」いとおしげに抱きかかえる念西坊に
「頼英様もお変わりなく。」
「何を大人びたことを言っておる。それに念西坊で良いわ!」
「それより、おぬし、ちっとも背が伸びぬなあ。もっとたくさん食べねばだめだぞ。毎日何を食べておるのじゃ。祐光め!戦にかまけてちっともおぬしの面倒を見ておらんな!ちと説教をせんといかんな」
今では津輕の軍師と呼ばれる私も念西坊にかかってはかたなしである。
「オッいかん、遅れてしまう。また為信様にしかられるわい。良いかワサビ、たくさん食べるのじゃぞ。またあとでな」
「まったく、二人ともどっちが子供だかわからんのう。しかし、二人ともワサビが気になってしょうがないと見える話す内容までも同じとはな・・!」後ろから付いてきた私は笑いながらワサビに話しかける。
「祐光様。お顔とは反対に、皆様怖い波動を出してどうなされました。」
「ワサビ!お前は人の心が読めるだろうに。」
「もう、大分前から他人の心は読んでおりません。前にも言いましたが、この身体では私の能力を絶えず出すことは非常に疲れるのです。生命が多いゆえに、大きな力を出せる可能性もあるけれど、逆に干渉が多すぎて集中が難しいのです。雑音の中で話しをするようなもの、もしくは水の中で走るような感じなのです。」
「そうか、そういうものか?大きすぎる力というものはそういうものかも知れぬな!?実は困ったことがおきた。もしかすると殿もこの津軽の地もすべて滅びかねない。」
「ならば、二人で殿とこの国の行く末を占ってみましょう。」

 あの不思議な出会い以後、事あるたびに津軽軍の吉凶を占ってきた二人であった。
その占いはことのほか良く当たり、おかげで祐光は、わさびの存在を知らない村人などからは陰陽師軍師としての烙印を押され敬われている。ただ、ワサビの占いは戦の勝ち負けを占うものではなかった。ワサビは戦を極端に嫌うのだ。ワサビの種族は非常に温厚らしい。だから、占いは津輕郡や近隣の住民の危機回避の手段を探るためだけにおこなわれた。
しかし、やはり未来を占うなどという途方もない手段は、著しくワサビの精神力を消耗させるらしく、占いが終わると翌日まで寝込むのが常であった。

「しかしのう、ワサビよ。私はあまりお前に負担かけたくないのだ。占いが終わると、いつも決まってお前は寝込むではないか。」
「それは、この身に宿る生命エネルギーが著しく消耗するからです。ましてこの身体は大きな精神の放射には脆く、ついていけないのです。
だけど前にも申しましたように、この星にはあまりにも多くの生命が充ちています。
ですから他に害を及ぼさないように、周りから少しずつエネルギーを分けてもらえば、二日もあれば私は元に戻ります。心配ありません。」
「なら、良いのじゃが。私はお前がどうも無理をしているように感じられて仕方ないのじゃ。
人の世の理と云うものは、過去や未来を簡単に窺い知れるものではなかろう。まして未来を変えるなど世にあるまじき行為に思える。」
「いいえ、祐光様。確かに過去を変えることは至難の業です。
しかし、祐光様が感じておられる時の流れは、本来は過去から未来へ流れる一方通行ではありましょうが、山の上流から下流に向かって流れる川面を逆に遡って泳ぐことができるように、ごく稀に、本当に稀にですが時の流れを逆行できることが有るのも事実なのです。
だけど、私たち行ってきた占いは、未来を変える行いではなく、幾つにも広がる未来の道の行く末から、よき方法を探すだけのこと。
未来とは、運命とは、生れ落ちたときにすでに定まってしまっているような、不変のものでは無いのです。言ってしまえばたくさんの色の中から自分の好きな色を見つけるだけの行為です。
ですから私たちはその中から一番幸せになれる色を探すように、数限りない未来へ続く道から、幸せになる道を探すために努力するのです。それに私だけでなく祐光様もご一緒にビジョンをみるのです。
このことは私にとって大変助けになり負担を減らしてくれます。心配はありません。次の満月の晩に再び占いを行いましょう」
(なら、良いのじゃが・・・)
私は不安ながらも、何度か行い、結局は何事もなく回復してきたワサビ自信の口から聞かされて今回も承諾した。


二人が行う占いとは筮竹などを用いる普通の占いなどと違い、もっと明確なもの、現代で言えば映像を見ているようなものと思われた。そしてその行為が行われる満月の夜は、この星の生命力が一番活発で、しかも共鳴力が高まる時であったのかもしれない。いずれにしても二人は再び未来の道を探る精神の旅に出る。

今日も、山の清流から採れたわさびを使い、城内の奥の一室で二人して、津輕の行く末を探るマインドトリップに入る。
ワサビは私と初めて出会った場所で見つけたわさびを気に入ったらしく。その後たびたび沢にわさびを採りに行っていた。清冽な生命力が宿っているとかで、普段めったに食を摂らないワサビも身体のために、どうやらこのわさびだけは良く食すようだった。
わさびを絶えず持ち歩いていたワサビであったが、占いにはやはり新しいわさびが良いらしく、当日の朝早く沢にわさびを取りに山に入る。ワサビには、確かに常人とは違う力があった、それは彼女が求め山に入るのには時期を選ばず、冬といい春といい、いつでもわさびを持ち帰る。不思議に思い訊ねると、わさびが本来持つ力にお願いして生長を早め、それを貰い受けるそうだ。そのようなことが真に可能かどうかは別として、わさびが彼女のそばに常にあることも事実であった。
このわさびの持つ清冽な生命力を借りて邪気を祓い、より良き道を探すのだ。慣れたとはいえ、この瞬間は何時も敬虔な気持ちになる。
この一時は私にとって非常に神聖な時であった。

いつものように、ワサビのリードで精神を集中させると見慣れた心のイメージが目の前に浮かぶ。
晴れたよき日、清流の水面を照り返す日光のようにキラキラと正面が大きく輝き始める。大きくまぶしい光の中へ徐々に入って行く。
あまりのまぶしさに目を瞑ってしまうが、まぶたを通して光が見える。そしてその光の中にビジョンが開けるのだ。
雲ひとつない真っ青な空の下、津輕の美しい山野が緑に光輝いて見える。そのあまりにも美しい景色の中、津軽鷹が先陣を切るようにまっすぐに前方へ向かって飛ぶ。それを追うように私も空を飛んでいるようだ。
為信が旅をする、念西坊が旅をする。私も旅をする。己が運命と津軽の存亡をかけて、旅をする。隣にはワサビが見える。
(ああ、この道だ。やがて広い台地に見たこともない数の何万という軍勢が見える。何万!?いや何十万の軍勢だ。その軍勢のさらにその先、陣幕で囲まれた中、きらびやかな衣装に包まれた、小さい男の顔が浮かび上がる。なんと猿のようじゃ。これが秀吉殿だろう。間違いない、この道だ。これが我が殿と我が津軽が助かる道だ。我々は秀吉殿と会うのだ。よし、ワサビよ、もう現世(うつしよ)に戻ろうぞ。)
意識を返そうとする我々に、まるで見えているかのように秀吉がニヤリと口元だけで笑いかける。しかし、その目は少しも笑っていない。
まるで悪魔のような底の無い目つきだ。一瞬不安に駆られたそのとき、秀吉の背後に黒い小さな影が見えた。
何っ、と思った瞬間、「キャーッ」と大きなワサビの悲鳴が頭の中に響き渡り、意識は投げ飛ばされるように現実へ戻された。

極度の疲労感の中、朦朧とした頭で周りを見回すと、ワサビが横たわっている。
驚いて抱え起こすと、普段は可愛い顔に似合わず、小憎らしいほど落ち着き払って人を指図するワサビが今は小鳥のように震え、目の焦点は合っていない。
「ワサビ、ワサビッ!気を確かに持て!」
意識を取り戻しかけたワサビは私の顔をみると、再び悲鳴を上げて崩れ落ちた。

入り口で部屋を守っていた綱則は悲鳴を聞きつけ駆けつけ、状況をすぐさまつかむと小姓に堂順を呼びに行かせた。二人で介抱していると堂順とともに為信様も聞きつけたと見え、あわててワサビの顔を覗き込む。
「祐光、一体どうしたのじゃ」
「殿!まずは、ワサビを!」
「オオ、そうじゃ、堂順、はようワサビを診てしんぜよ」
堂順はワサビのそばに寄ると、
「祐光殿は何事もないかの?それであれば、お三方はひとまず隣の部屋でご待機をお願いしたい」
「あい、わかった。」為信様に促され、私はそれに従い、三人は隣室で待機することとなった。
隣室に入ると早速為信様が質問してくる。
「祐光、一体全体どうしたのじゃ。びじょんとやらを見たのか?」
「殿、私にも良くわかりませぬのじゃ。
いつも通り我らは瞑想に入りました。道は何時もに増してしっかりと見え申した。じゃが、帰りがけに見えたもの、あれはいったい何だったのか・・・?皆目わかりません。
今はワサビの回復を待つしかありません。」
「お主は何をしておったのじゃ。この馬鹿者めがっ!」小姓にでも聞いたのだろう、念西坊が鬼のような形相で駆けつけ、今の話が聞こえたのか。私に食ってかかる。(まったくこの御仁はワサビのこととなると、まるで爺様のようになるなあ!なんとも良き人だ・・!)そんな思いが顔に出たのか、また念西坊が顔を赤くして私に詰め寄る。
「なんじゃその薄ら笑いは!お主、ワサビが心配ではないのか!」
「こらこら、念西坊。祐光も大変な思いをしたのじゃ。ワサビが心配なのは皆同じじゃ。少し控えよ。ときに祐光。このようなことは度々起こっていたのか?」割って入ってくれた為信殿が聞いてくる。
「いえ、このようなことは初めてでございます。」
「お主たちは一体何を見たのじゃ?」
(津輕の行く末は、確かに秀吉殿に会うことが肝要だろう。しかし、秀吉殿の不吉な笑い、そしてあの影は一体なんだったのだろうか?
かさねて尋ねる綱則殿に、私には答えることができなかった。
答えはすべてワサビが回復してからだろう。
Legend of WaSaBI
to be continue ⇒ 06-1589 春・ビジョン 2
ビジョンに現れた異様な影とは?
津軽の命運は?
ワサビが示す、津軽の進む道とは!?
 00. Prologue  01. 弘 前  02. 東日流霊異神記
1585 岩木山百沢
03. 東日流霊異神記
1585 大浦城(弘前付近)
04. 東日流霊異神記
1585 大浦城 その2
05. 東日流霊異神記
1589 春・ビジョン
06. 東日流霊異神記
1589 春・ビジョン 2
07. 東日流霊異神記
1589 夏・鷹