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● 1585大浦城 その2
翌日、城の奥まった一室。為信は人払いをし、再び忍びの頭目兼平綱則と二人について話していた。
「フーム、不思議な話しよの。にわかには信じがたいのう。」綱則よりの報告を聞いた為信は思わず呟いた。
「殿、そのようは話が信じられる訳がありませぬ。やはり、上方よりの間者ではござりませぬか?」
「まさか、床下に仕込んだ忍びが気取られたわけではなかろうの。」
静かながらも為信は綱則を睨み付ける。しかしそれに気圧されるわけでもなく、綱則は応えた。
「報告ではかなり真剣に話していた様子でござります。それに、蓬田の庄に配下の者をやり調べましたがやはり太助なる人物は居り申した。村の者に人相書きを見せましたところ本人に相違ないと。
ただ、太助なるもの、養子でござる。何でも12歳の折に縁者を頼り来たとか」
「では、太助とあの娘は初対面なのは確かなようだの。よし、太助を呼べ。」
やがて太助が連れられてくると為信は、綱則に席を外すように命じた。
「しかし、殿。お一人では万が一のときに!」
「この太助が儂になにかできると思うのか?太助は丸腰じゃぞ。それに、ここで何かこの身に起きるのならそれもまた運命じゃて」顎鬚を揺らし、為信は呵呵と笑う。
「殿、またそのような無謀なことを」
「かまわん、しばらくと二人で話しをいたす。綱則、忍びも要らんぞ」
「ははっ。」(嗚呼、こういう表情をしている時の大殿は梃子でも動かぬ…。)懸念しながらもやむなく綱則は下がる。
それを見届けて為信は平伏している太助へ声をかける。
「太助、傷はどうじゃ」
「はい、おかげさまで順調に回復しております。」
「ふむ、今朝方堂順がきて驚いておった。傷を負ってたった2日目なのにすでにふさがっておるそうだ。なんとも不思議なことだの。」
「はっ、私も驚いております。ワサビの手当てが良かったのかと思っております。」
「あの娘ワサビと申すか。」話しを窺わせていたことなどおくびにも出さず為信は続ける。
「面をあげい。どうじゃ太助、そろそろ本当のことを話せ。」
「何でございましょう。」恐る恐る顔をあげる太助に為信は重ねていう。
「隠すでない。お主の腰の印籠。上野は沼田一族の家紋とみたが、相違あるまい。何ゆえこの北の果てまで参ったのじゃ。」
驚く太助を見つめる為信の目はすべてを包み込むようであった。その目に促されるように太助は語り始める。
「はっ、ご慧眼恐れ入ってござりまする。話せば長くなることなれば、ましてわが身のことなどお耳よごしかと。」
「かまわん、包み隠さず述べよ。」
「はい、わかり申した。ならば、我が本名は沼田祐光(すけみつ)ともうします。
為信様のご推察通り、我が一族、上野の沼田氏は、源頼朝の時代より若狭国熊川を領有し、後に若狭武田氏に仕え申した。
我が父、沼田光兼は永禄年間に熊川城を築城しましたが、永禄12年(1569年)、私が12歳のおり、武田氏の被官である松宮玄蕃允めに攻め入られ、我が一族は近江へ退出、熊川城は松宮氏の支城となり申した。
そのとき、松宮の追撃による一族滅亡を恐れた我が父は、幼き私を人目を避けて、蓬田出身の配下にこの身を託し、故郷より遠き、この津軽の地にかくまったのでござります。
この印籠は私が故郷をはなれるときに、父より一族の証として渡されたものでございます。」
「なるほど、あいわかった。苦労したのであろうな。」
「いえ、将来の呑気ものゆえ、天象、草木を眺めていられ人生は大して苦にもなりませぬ。」
「ははっ、それは豪儀。」わはは、と為信は豪快に笑った。
その後、じっと祐光の目をみつめ語りかける。
「のう祐光。今の世を何と考える。西方に豊臣殿が天下統一を伺い、まもなく東征を仕掛けてくる。
もちろんこの津軽の軍事力ではかなうべくもないが、じっとしておっては、豊臣どころか南部にも滅ぼされようぞ。
我もまた国を失い、滅ぼされかけた身の上じゃ。じゃがのう、儂はそのままにしてはおかなかったぞ。
逆に攻めてこの城を勝ち取ったのじゃ。
おぬしも再び国を追われたくはあるまい。黙っていても、敵はやってくる。それが戦国の世の倣いじゃ。
儂におぬしの命を預けい。そしてこの国の全てのものを戦火から守るのじゃ。どうじゃ祐光?」
「しかし為信様。貴方様は我が心のうちも、本当の素性もわかりますまい。
なのに今日の話し、うわべだけで私をお取り上げ下さるといわれるのか?」
「・・・祐光、人はのう。一目見てその者の本質を見極められる時もあるものぞ。
そして、おぬしの心根に嘘はあるまい、と儂はみた。どうじゃ祐光。」
再び為信を見た祐光は、その笑いを含んだ中に悲しみと慈愛が混在する、なんとも言えぬ優しい目を見て心を揺さぶられる。
「ははっ、初めて会った私のようなはぐれの者を、そこまで・・・。判り申した。ならば今日より為信様を我殿とお呼びしましょう。」
祐光は深々と頭を垂れた。
「そうか。ならばこれより、お主と儂は大浦一党の親と子じゃ。今夜は新しき一族が増えた祝いの席をしつらえようの。うん、今日は良き日じゃ。めでたい、めでたい。」またもや為信は呵呵と笑う。(本当にこの人は良く笑うな!)祐光は釣られて笑顔を見せながら為信といることで心が穏やかになる自分に静かな驚きと満足を覚えていた。
海を除く三方が敵、しかもその領地は一番小さいながら、大浦の一族が戦国時代に活躍したのは為信の持つ本来の陽気さと、人を信頼し取り込む能力に長けていたからかも知れない。
そして、ワサビが祐光と二人でいる時にふと漏らした「自分は祐光に呼ばれたからこの星に来た」と云うことを聞き、祐光の持つ能力を懸念し、あるいは魅力を感じていたのだろうことは容易に想像がつく。
「ところで祐光、お主あの娘をなんとみる。」
「と、申しますと?」
「とぼけるでない。あの戦仕立て、あの珍しい瞳の色、儂はおぬしの本心を知りたいのじゃ。」
「わかり申した。ならば私の考えを申しましょう。」一度、言葉に詰まるように、深く考え込んだ祐光は為信をまっすぐ見つめはっきりと口にする。
「あの、わさびなる娘、人にあらず」
「なんと、祐光、気は確かか?あの娘、どこからみても人に間違いないわ!」
「はっ、いかように取られようとも私の考えは変わりませぬ。」
「人にあらずばなんとする。彼のもの何処より至るものか?」
「あの娘、この世の理(ことわり)の外から参りし者」
為信は思わず腰を浮かせた。
「なんと申す。しからば神か悪鬼か。魔性のものなのか?」
「いえ、そうではございますまい。殿、我らはこの地に生まれ、この地に死んでゆきます。」
「祐光よ、儂は津軽で死ぬ気はないぞ。南部でも、安東でも、いや伊達の地でも死ぬる覚悟はあるのじゃ」
「そういうことではありませぬ。あえて申さば、この世と言い換えてもかまいませぬ。人と云われれば、ワサビもまた人でございましょう。
しかし、あの娘、我々が到達できぬ遥か虚空で生まれし者。そのような者にこの世の理が通じましょうか。
もしそうならやはりワサビは人であって人ではない者、今はそれしか申し上げられませぬ」
(それが本当の話なら、虚空に浮かんだという、お前は一体何者なのだ?)その問いを胸にしまって為信は、
「人にあって、人にあらず、・・・か!?そのような話、にわかに信じがたいが・・。
良かろう、正体が知れるまで、城に置くとしよう。
祐光、お前にワサビを預ける。ワサビの面倒をみよ。おぬしも気に入っている様子。」
「しかし為信様、あのものは人にあらずと言ったばかり。本当にそれで良いのでございましょうか?」
「何の、神ならばなおのこと、しかして鬼神ならば儂の命運もそれまでのことであろう。逆らうすべもないわ。
それに、いかに人にあらずといえど、いまだ年端もいかぬ者。一人では寂しかろうて。
かまわぬからワサビに館に住まうよう申しつけい。」
「いやっ、誠に持って為信様のお言葉、これぞ武家の棟梁というもの!なんと心大きく、この祐光、感服仕りました!」
「したが祐光、万が一敵方の忍びならば、たとえ幼い女子とても容赦なく切り捨てる。その時は覚悟いたせ。」
「ははっ。」
たすけこと沼田祐光は身の疑いが晴れ、その後、為信に仕えることとなり、ワサビの正体を探るべく役目をおおせつかり、大浦城内にてワサビと暮らすようになった。
では、何故ワサビは祐光と暮らしたのだろうか。
ワサビが人でなければ、いくら彼らの監視が強くとも何時どこにでも、好きなときに立ち去れたはずである。
おそらく祐光にはワサビが述べたように常人が持っていない強い何かがあり、ワサビはそこに惹かれたのではないだろうか?そして祐光がもつそれは、一般に第六感と呼ばれているもので、長い時間をかけて文明を維持し、精神文化を高みに押し上げられた一部のものだけが持ちえる力だと思われる。
しかし、ワサビの言を信じるならば、この星では生き物が多すぎるようである。
野にある草花から地中にある虫、山に住まう獣、そして海や川にすむ魚類など数限りない生き物が溢れ、互いに影響を受け、互いに影響を及ぼしつつ生存している。花が咲き、虫が蜜を吸い、その虫を鳥が食む。木々が育ち、実をつける。その実を小動物が食み、それらを肉食獣が糧とする。やがて鳥獣は土に返り、その養分を草木が糧とする。エネルギーが循環するわけだが、どうもその数が多すぎるようなのである。したがって、道に咲く小さな草花でさえ、他者を押しのけねば生きられない、同種での生存競争が生まれている。他者より多く養分を取り、大きく成長しなければ日陰になりその成長は遮られ、根は細くなり生存が脅かされる。動物にあっても、同じ日に生まれた兄弟が母の母乳にありつけなけない者は、小さく、弱者として、自滅するか他者の餌食となる。人にとっても同じことが言えよう。これがこの世の理である。そして、このような生命の濃い星では稀に早熟な精神力を持つものが出ずることがあるという。だがそれは自然界にあっては畸形でしかなく、大宇宙にあっても極めて稀なことであった。
ただ、こうした畸形はこの命の多い星では、たまに生まれ出ることがあったようである。
この前後、為信は所領拡大と独立のために、戦乱に明け暮れる日々が続いていた。
為信は岩手衆の久慈家に生まれ、永禄10年(1567年)、大浦為則の養子となり、大浦氏を継いだ。
しかし、南部の一員としては、家格のためにその地位は低く外様扱いをされ、常に外に置かれ一段低くみられ阻害されてきた。
当時の南部棟梁、石川高信との確執は長く続き、己の所領存続に危険を感じた為信は元亀2年(1571年)、5月、ついに津輕の旗を揚げ、高信を攻め大浦城を我が城とした。
また、浪岡御所北畠顕村の浪岡城を攻め落とすなど数々の成果をあげていった。
その後不思議な縁でであった沼田祐光は、薬事の知識はもとより、天文、易学に通じ、しかも生来の生真面目さが気に入られ、相談役として為信の懐深く入ってゆき、自他共に認める大浦軍の軍師として活躍するようになる。
為信は、祐光の巧みな戦略と危機を見抜く勘のよさを最大の武器に、天正16年(1588年)頃には津軽一帯と外ヶ浜と糠部の一部を集中に収める事に成功した。そして、この頃より氏を大浦改め津輕と名乗る。
ワサビもまた本来持つ優しいオーラが人々を癒し、為信一族郎党にかわいがられるようになるが、やはりワサビは他の人々と違い、初めて出会ったときと同様、まるで成長が止まったようであり、依然としてその出自は謎のままであった。
ただ、あのあわただしい出会いからのほんの数年間が祐光とワサビにとって心休まる安寧の時期であったようである。
しかしこのとき、全てを見通すと思われたワサビの能力も、すぐそばに迫る祐光との別れを予測できなかった。
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to be continue ⇒ 05-1589 ビジョン
為信一行はビジョンに操られ津軽存亡をかけた旅に出る
ワサビと祐光ががみたビジョンとは!
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