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● 1585大浦城(弘前付近)
この年為信軍は、堤弾正のいる油川城に攻めこんでいる。
為信は自軍を大群に見せるため、埋伏した間者に油川城下に放火をさせ、相手の軍を大混乱に陥れ、堤弾正は戦わずして逃げ出した。知略により戦を回避した「為信油川城の聞き落」として名高い、実質無血開城策である。
堤弾正所有の支城も続々と降伏、血で血を洗うこの時代、珍しく津軽の地に血の雨は降ることはなかった。
岩木山付近には、その大浦為信の居城、大浦城があった。
城に着いた為信は、城に戻る際に保護した二人を医者に診せるように命じ、見張りをつけ、離れに控えさせた
甲冑を脱ぎ湯浴みを終え、茶室に入る。
戦で昂ぶった気持ちを抑えるために茶室に入るのを家中で知らぬものはいない。
為信は茶釜の沸き立つ音を目を瞑って聞いていた。
しばらくして、最近作られ始めた南部焼きの逸品に、いかにも彼らしい見事な作法の中にあって放埓な雰囲気の手前を終えると、目の前の端正な顔立ちにも不適な面構えをした、若い武士に差し出した。
「結構なお手前でござる。この南部茶碗もまた趣がござりますなあ。」
「ほう、お主でも焼き物がわかるのか!?」
「何を仰せです、殿。風流も武士のたしなみと申しますぞ。私目も日々精進しておりますのじゃ。」
「ウム、天晴れ、天晴れ。」呵呵と笑う為信に若い武士は口を尖らせ
「殿、私目は真面目でござりますぞ。」
「おお、すまぬ。」再びまたまた、呵呵と笑う為信。
「ほんに殿にはかないませぬ。して殿、あの者らをなんとするつもりでございます。」
「その前に綱則、人払いをいたせ。」狭い茶室には二人しかいないのに、為信はおかしなことをいう。
「しかし、殿。警護の忍びですぞ。」
「かまわん。天井の者を下がらせよ。」
「判り申した。床下の者も下げさせましょう。」
「なんと、床下にもおったか。気づかなんだ。これは、一本取られたわ。」またまた大きな声で笑いながら為信は、
「ところで綱則、今度はおぬしに聞こう、先刻のこと気づかなんだか?」
綱則と呼ばれた若い武士、若輩なれど、名を兼平綱則といい、このとき忍び頭、沈着冷静、後に大浦三老の一人として、大浦為信に尽力し、数々の武功を上げた大浦党切れ者の一人である。その綱則が、何時になく血気にはやった顔で質問する。
「何をでござる?」
「娘の言葉よ。あの娘、流暢な津軽言葉をしゃべりおるが、妙に緊迫感というか、生活感というものが感じられぬ。どうも草紙を読んでいるような感じじゃ。」
「なんと、ならば南部方の、いや伊達の間者?それで判り申した。始めて見た時に何とも不思議な感じがしましたのじゃ。それに、あの瞳の色も。」
「いやそうではあるまい。あの馴染まない話し方。もしかすると上方からの・・・」
「な、なんと、秀吉殿の間者と申されるか!?」
「それを、調べるために招いたのじゃ」
「なんと、奥の深い読みじゃ。わしはてっきり殿が手慰みにするのかと」
「馬鹿をいうでない。まだ童と云ってもおかしくない歳ぞ」
「なんの殿、よくみれば、誠に見目麗しきもの。後、2〜3年もすれば、それはそれは美しい女性に育ちましょうぞ。
しかし、今、あのような幼きものに間者が務まりますかのう?」
「じゃから思案しておる。じゃが、あの娘、何か仔細があるぞ。そして、あの太助と申す者も。」
「何でござりまする」
「あの者が腰に下げていた印籠よ。地味で目立たぬが、確かあの文様は上野沼田一族の家紋に見えた。」
「上野は沼田一族ですと。もう十数年前になりますか、沼田の一族は武田氏の被官の松宮玄蕃允に攻められ、近江へ退出したと聞き及びます。それが誠なら西方からの刺客。」
「わしなど、狙ってどうする。まだ地を這う蟻にもみられまい。」
「それならば、何故?・・・わかり申した。目を離さぬようにこころがけます。」
「うむ、しばらくあの者らを留め置く。常に我らが監視の下に留め置くのじゃ。しかと頼んだぞ。」
「御意」
うなずくと綱則は茶室から出て行った。
為信は一人静かに再び手前を、今度は自分のために始める。束の間ではあるが、茶室には為信だけの静かで風雅な時が流れた。
大浦城の奥まった一室に私たちは通され、私は傷を手当された。
津軽家に仕える僧侶、念西坊と堂順と名乗る医者が手当てをしながら訊ねてきた。
「なんじゃ、今にも冥途に旅立つようじゃと聞いたが、ずいぶん元気ではないか!」念西坊が私の顔を見ながら豪快に笑う。
「それに娘子、幼き身であのような山の中で何をしておった?お前も元気そうではないか!?」
この念西坊、名前を頼英といい、仏門に使えながら大浦一門として活躍した変り種で、後に私たちと津軽の命運をかけた旅にでることになるのだが、このときは私たちの様子を伺いに来ていた。口調は荒いが、根はさっぱりしていて、僧侶らしからぬ、ひょうきん者で、今回も為信や綱則の心配を他所に、調査官を買って出たようだ。
「おぬし、どこぞで傷を縫ったのか?」さっそく私の背中に回り、医者の見立てより早く、傷を見て念西坊が尋ねる。
「いえ、切られたあと、水で洗い流し、そのまま私が調合した薬草の塗り物をあてただけです。」
「切られたのは昨日と申したの。確かに右肩口背骨あたりまで袈裟がけに長く切られてはおるが、すでに綺麗にふさがっておるぞ。」
「そうですか、切り口が鮮やかで、それで早くふさがったのでしょう。」
「下手な傷は養生が良くないと引きつれたようになり、後が大変じゃ。それなのに、誠、見事にふさがっておる。話しを聞けば、雑兵に切られたとか。
そのようなものが、そんなに見事な剣を使えるかどうか?のう、堂順。」
「まったく、綺麗ですのう。しかも昨日の今日で、まるで縫い付けたようにきれいにくっついておる。面妖なことじゃて。」
「まあ、運がよかったのじゃろうて。」私たちをギロリと交互に見比べ、その後、ワハハと笑うと。
「では、大事に、娘子そなたもな。記憶を失ったとか!?少し落ち着いてから明日にでもこの堂順に診させよう。」と含みのある言葉を残し、二人は退室した。
二人が去るのを確かめて、私は少女に向き直り、かねてよりの疑問を問いただした。
「まずは、礼を言いたいところだが、お前は、一体何者だ?名前は?先ほど私がお前を呼んだ、と云ったがそれはどういうことじゃ」
「そんなに一度にいわれても答えられないわ。いいわ、貴方のわかる範囲で質問に答えてあげる」
「では、お前の名前は?」
「私の名前は、WASAБы○▽×○ДЛыи-гу×○SH」
「なんだって!?ワサ・・なに・・?」
「WASAБы○▽×○ДЛыи-гу×○SH」
「ワサビ・・?なんだって!?」
「いいの、貴方たちには発音できないわ。それに、この脳の神経構造が微妙に違うために、ホントに少しだけなんだけどね、私にも発音しづらいの。WASABIと呼んで。」
「お前、何を言ってるんだ。構造がどうとか、ワサビだって。それで、お前はわさびを持ち歩いているのか。」
「ああ、これね。わさびというの。この植物はどうやらとても綺麗な水の流れでしか育たないようね。
人の身体の多くは水でできているの。だから人は毎日多くの水を必要とする。それも清涼な水をね!
そして、エネルギーを取るために清涼で安心な食物を必要とするの。
そのことにより、数値に表れるカロリーよりも、生物に宿るオーラと云うか、生命エネルギーを摂取することにより、限られた命の時間を伸ばしたり、大過なくすごすことができるの。
そして、このわさび。貴方が倒れているすぐそばに生えていたものだけど、このわさびには清涼な流れで育った喜びで、生命エネルギーが満ち溢れているわ。その上、浄化作用や殺菌もあるの。
すごく人に優しい植物ね。そして、このわさびの力が貴方を救った。」
「お前の言ってることはさっぱりわからん。辛いわさびが優しいとか私を救ったとか!?だいたい、わさびには、この時期まだ早いではないか。それにえねるぎいとは何だ?」
「エネルギーとは、生存・成長のために必要な熱量のこと。もちろん人間だけでなく。すべての生きるものに必要なもの。牛も馬も花も木も、そしてこの大地はもとより星さえも必要とするものなの」
「なんと、天空に輝く星々さえも生きていると申すか?そういえば為信殿にもそのようなことを言っておったの」
「そう、もちろん私たち動物とは違う概念だけど、星だって生きているわ。そして存続するためには、エネルギーを必要とするの。」
「私たち動物?私は人だぞ!」
「だから、人も牛も犬も、みんな動物なの!そして、この有機体はとてもエネルギーを必要とするの。」
「もういい、お前の言うことはさっぱり判らん。ではお前はどこから来たのだ?どこの生まれだ?」
「それは・・・、ここからずっと遠いところ」
「南部?いや鎌倉?もしかして京か?いや、その不思議な瞳の色は、もしかして南蛮より来たのか?」
「もっと、もっと遠いところ。あなたの知らない場所で生まれ、長い旅をしてここに来たの。あなたに呼ばれてね」
「前も、私に呼ばれたといったが、私はお前なぞ呼んではいないぞ。」
「呼んだわ!助けてって。貴方の時空を超えた魂の叫びが私を呼んだの。貴方にはセンスがあるの。
この星の人々が何万年もかけて身につける力の一部が生まれながらに備わっているのよ。覚えているでしょ!?
星々の生成を!星々が消滅し、生まれ変わる瞬間を、銀河と銀河の虚空と呼ばれる空間に貴方はいたわ。
そこで私を呼んだの」
「えっ!?私は、雑兵に襲われ、背に傷を負い、沢に落ち、気を失って夢を見た。
天地左右もわからぬ場所に一人浮かんでいて、遥かかなたより暖かい光がそそぎ、それで妙に安心できた。
あの光り輝く場所へ行きたいと思った。
やがて暗い水底に落ちていくような感覚が訪れ、私は怖くなって叫んでいた、助けてと。
そのとき確かに遠い光の彼方から、いや、耳のすぐそばで、いや頭の中で聞こえた声があった。『待って』と。
・・・あれは夢ではなかったのか。いや、悪い夢を見たのだろう。取り乱してすまない。」
「いいえ夢ではないの、貴方が見たものは現実よ!」
「ならば、あの場所は一体なんだ?どこにある?そしてお前は何者だ?」
「貴方がいた場所は宇宙空間。それも銀河と銀河の間、この世界では虚空というわ。
貴方の精神はそこまで旅をしたの、貴方がそこで見たものは銀河系宇宙の数々。
一つの銀河系宇宙だけでも、そこには何千何万億の星々とたくさんの生命体が存在するの。
そして、その銀河系宇宙がたくさん集まって、この世界は成り立っているの。
貴方は雑兵に切られ、気を失うことにより、この世界でいう魂だけの存在として時空を超えて銀河の果てに飛んだの。思念を飛ばすことができる生命体は数多く存在するけど、普通この星ぐらいの進化率では、まだまだそこまで達していない。
ただ、こんなに生命にあふれている星も稀なことも事実。ミューテーション。ESP。私だってこんな膨大な空間を飛んだのは初めて、貴方の思念が、私の飛跡を捻じ曲げた。
とにかく貴方にはこの星の人類が長い世紀を経て開花する能力が、生まれたときすでに備わっていたの。
そして、この星に住む膨大な生命の力を借りてとても大きな力を引き出した。」
「何を世迷言を。
ならば私は今ここで、もう一度あの場所に行けるだけの力が有ると申すか?念を凝らしても何も起こらんぞ。」
私は一生懸命あのときの情景を思い浮かべた。
「おそらく、命の危険を感じたことにより貴方の心の奥深いところにある生存感覚が私の精神波長に同調し、コンタクトできたのだと思う。
そうそうあることではないわ。違う存在同士ではね。」
そういって、ワサビは独り言のように囁いた。
「でも、無いことではない。特に、あのとき遭遇した邪悪な存在のときは、すべてにおいて解りあえた・・・。
互いに相容れることが絶対にできないもの同士だということが。」
そういったきり、わさびと名乗る娘はうつむき、黙ってしまった。
その横顔は先ほどまでとはちがい、生命の輝きに満ちた不思議な暖かさは無く、誰も理解できぬような、何かとてつもなく大きな不幸を抱えるかのようなかげりが見えた。
ワサビが遭遇した邪悪な存在、とは一体何なのか?夢の意味は?あの夢で聞いた声がワサビなら、チラリと垣間見えたあの心を凍らせるような思いは一体なんだったのか?
しかしこのとき私は、それ以上この娘に問うことができなかった。
そして、この話しを聞いていたものがもう一人、床下にいた。
後で思えば、この鋭敏な娘がその存在を感知しえなかったのは、おそらく本当に長い旅をし、彼女の云うえねるぎいと云うものが低下しており、本来彼女が持つ力の百分の一も無かったからではなかろうか。もしくは後に娘から聞くことになる恐るべき破壊者どもの尖兵が我らのそばにすでにおり、その影響を受けていたのか、このときは知るすべが無かった。
とにかく、娘の話は別として、助けてもらった恩義だけではなく、彼女に純粋な正を感じた私は、そこはかとない愛情(もちろん保護者としてのだ)を感じていた。娘の言葉を借りれば精神の波長が同調したのだ、ということになろう。
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to be continue ⇒ 04-1585 大浦城 その2
「ワサビ」が告げる話に、疑いを持つ為信や綱則。
不思議な少女「ワサビ」の秘密とは!
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