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〜千億の彼方より〜 わさび伝説
東日流霊異神記
1585・岩木山百沢


・ ・・目を開ける。誰かが私に話しかけてきたような、長い夢を見たような。
そんな記憶が薄らいでゆく、・・・夢の記憶。
明るい・・・。木々の間から緑濃い山々が見える。
 初夏と云えども、まだまだ朝晩はめっぽう冷え込むこの地では、遠い山は至って静かに見える。
しかしその山の懐ではたくさんの命が生まれ、大きく活動している。
 目の前をよぎる白い霧?朝靄だろうか。
 いや、もやではない。何か燻っているようだ。
火事かも知れない。弱い風が流れている。まもなく視界は晴れるだろう。

 しかし何故、こんなところに寝ているのだろう?ぼんやりした頭で考える。
それでも、逃げなければと思い、急いで起き上がろうとして右肩に激痛が走り、再び横たわる。
 左手で右肩のあたりを探り、ゆっくりと濡れたた左手を見る。血にまみれていた。そこで完全に目が覚めた。

 そうだ、昨日薬草を粉にし、作業が一段落、久々に山を下り、百沢の林の中の清流溢れる沢のそばでいきなり、雑兵とかち合った。
そのまま有無を言わさず切りかかってきたものを、やっとの思いでかわし、逃げたのだが後ろから切りつけられたのだ。

 どうやら、そのまま足をふみはずし、沢に転がり落ちたらしい。この煙はおそらく誰かが火矢を使ったか、森に火を放ったのだろう。周りを良くみれば火の手は見えず、ほぼ消えているようだ。
もう戦も終わったのだろう、戦いの喧騒は聞こえない。

 冬には人を寄せ付けない岩木山の初春に薬草を取りに入っておよそふた月、戦があったことを知ったのは、このときだった。
浅瀬石城の城主千徳氏10代目の政氏は大浦為信殿とその昔「永禄の約」を結んだといわれ、その後、南部のくびきをはずれ津輕独立を夢見た両者は、この約により千徳氏は滝本播磨守重行が居城とする大光寺城を攻め、これを落城。
大浦為信殿は今の南部の棟領実父石川高信殿を攻めて落とした。
為信殿の軍勢が決起してから10数年がたつ。

 今年、外が浜、糠部を統一した為信は居城付近の領土を確立するため、南部家西側の要、田舎館城に攻め込んだのだ。
その猛攻は凄まじく、城主千徳政武は切腹、戦死者を多数出し戦は終止符を打った。
今まで遭遇してきた侍たちのほとんどが大浦軍で、身分を明かすと危害を加えずに立ち去っていった。
そういえばここは田舎城からそう遠くはない場所。
城が落城したことによって多くの落ち武者が付近に横行しているはず。
昨日襲いかかってきたのは、南部の落ち武者であろう。

 そんなことを思いつつ、やっとの思いで上半身を起こすと、後ろ手で傷を確かめる。
右肩口から袈裟に切られたようだ。幸い命に別状はなさそうだが、早く手当てをしないとそれもおぼつかない。
薬草などを入れた背負子が無ければ傷はまだ深く、危なかっただろう。

 と、そのとき周りの景色が大きくゆがみ、耳鳴りがすると同時に、空一面が極彩色に燃えた。
そして、その中から流れ星が飛び出したのが木々の間から見えた。
流れ星が通り過ぎ、一瞬遅れて細く速いものが風を切り裂くような音が、頭の中で木霊のように聞こえた。

 あのようなものを見たことがない。
一体あれはなんだろう、星が落ちることがあると聞いたことがあったがあれがそうであろうか?などと考えたとき、藪をつつくような音がし、昨日と同じような身なりをした、泥まみれの兵が二人でてきた。
「お前は何者じゃあ。」 目を血走らせ、悪鬼の形相で兵は叫びながら近づいてくる。
「私は蓬田(よもぎた)の在に住む、薬師でございます。怪しいもではありません。」 おびえつつも身分を明かし、命乞いを始める私に、
「津輕のものだな。こやつに我々の行く先を知られると、追っ手がかかる。今ここで始末してしまおう。」
刃こぼれた刀を振り上げ迫る雑兵。
もはやこれまでかと観念し、逃げる術なく横たわる私に、情け容赦ない雑兵の刃がこの身を貫こうとした途端、耳元で何かが破裂するような大きな音がした。

 一瞬時が止まったようなゆっくりした時間の中、コマ送りのように、私の目の前でまるで大風にさらわれたかと思われるような動きで、雑兵二人は吹き飛び、近くの大木へ叩きつけられた。
何事がおきたのか、恐る恐るあたりを見回すと、反対側の木の陰に、この場にそぐわぬ可憐な少女が立っていた。
気のせいか少女の周りだけ空気が渦巻き、清涼感のある、まるで「わさび」でも摩り下ろしたような清冽な匂いも感じたが、それも一瞬のこと。


「誰だ、お前は?この二人はどうなったのだ?何故こんなところに?」
気が動転して、支離滅裂な疑問を少女に投げかける私に、少女は不思議な色の目を向け、ささやくように答えた。
「貴方が私を呼んだから・・・」
「呼んだ?誰を?私が?何を?」
またしても支離滅裂な疑問を口にしてしまう。
まるで遠い場所から旅をしてきたような、疲れた顔が見えたが、それもつかの間、清清しい生気を伴う笑顔をみせ、
「貴方が、私を。そう、あなたにはセンスがあるの・・・。
でも今はそんなことより、傷の手当てをしなくては。さあ、背中をみせて」
そういいつつ少女は背後に回り、着物の肩口の辺りを広げる。
「傷口はあまり深くは無いけれど、早く傷口を洗って消毒しないと菌が回り化膿して、厄介なことになるわ」。
何を云っているんだこの娘?それにこんな娘に医術の心得があるのだろうか?
「洗い流すけど、チョット痛いわよ」
云い終わらないうちに、背中に風を感じると、まるで細い滝のような強い水流が傷口に当てられた。びっくりすると共に、さすような痛みが走り、思わずうめいてしまう。
「ウウッ。今何をしたのだ、水を使ったことは解ったけど?」
「大丈夫。傷を洗っただけ」
「しかし、あの強い、まるで滝のような水はどのようにして?」
「いいから、前を向いていて!本当はこのあと何もしないで、自分の身体が持つ治癒力が一番なんだけど。汚い刀で切られて一晩たってるものね。消毒と、薬を塗らなくてはダメみたい!?」
「待ってくれ、薬なら私が作った、取っておきの傷薬がある。それを塗ってくれ」
背負子の回りに散らばり落ちた薬を指すと、それを確かめ、少女は背中に回り、
「そうね、これならいいかも!自然界の力が詰まっている。化膿止めの効果を人体に影響の無い程度に強くして、と」
背中の辺りで空気がざわめくような不思議な感じがして思わずと振り向こうとすると。
「いいから前を見て、しみるわよ」
「ウウッ、酒をかけたとて、このようには沁みてはこぬぞ。」
「弱虫ね。あなた、男でしょ!」
「そうだけど、痛いものは。痛くて・・・」
そして、背に当てられた娘の手から熱が出るような暖かさを感じ
「痛くなくなった・・・、まあ、とにかく・・・ありがとう。ところで、お前は?それにさっき私が呼んだって」
「そう、あなたがネ。でも傷の手当も終わったことだし、もう歩けるでしょ。
7日もすれば大丈夫よ。じゃあ、気をつけてね!」
「チョット待ってくれ。礼をせねば。」
と、そのとき、去りかけた娘は
「シッ、静かに。誰か来る!悪い波動ではないけど、気が立っているわ。」
「波動?波動とは何じゃ?一体誰が来ると?」 そんな問いかけに答えるでもなく
「もう、間に合わない。どうせこの田舎では皆、住人は顔を知っている人ばかりのはず。私がよそ者と云うことはすぐにわかってしまう。この星の人間とは面倒は起こしたくないし。いい、私のことは山で遭難しているところを助けた、記憶を失っている娘、と云って」
「しかし!?・・・この星って?」
「わかったの!」
「ウン」やさしそうな顔をしているのに気の強いところも有るのだな!?などと妙に感心してしまう。

 すぐに、騎馬の足音が数人の武将を運んできた。
「誰ぞあそこにおるぞ。見てまいれ」 一際身なりの立派な騎馬武者が、横の武士の一人に声をかけた。
「はは。しばらくお待ちくだされ」 甲冑に身をまとった武士が槍をかざし、二人に近づく。
「その方ら何者だ」
「私は蓬田の在に住む、太助と申す薬師でございます。」
「太助とな、してこのようなところで何をしておる?」
「雪を割り、出てくる薬草の芽を探し、取れた芽を薬とすべく二月あまり岩城山の小屋におりましたが、ひと段落いたし村に帰ろうとして、ここで雑兵と出くわし、切られたのでございます」
「して、そこに倒れている者共は?」
「はい、この者らに襲われましてございます」 武者は倒れている二人を見、
「フームこの風体は南部の残党。誰が、討ち果たしたのじゃ?」
「それが、いきなり耳元で大きな音がして、気がつけば二人とも倒れておりました」 武士は倒れている雑兵を検分する。
「死んでおるわけではなさそうじゃの。強い力で打ち据えられたと見える。我が一党のものが打ち据えたのであろうか?ところでそこな娘は何者じゃ?」
「はい、山で遭難しているところを助けたのですが、どうやら記憶を失っているようす。不憫なので村に連れ帰るところでございます。」
「記憶がないとな!しばし待て!」武士は騎馬の一群に引き返した。

「殿、一人は蓬田の太助と申す薬師らしく、南部の者どもに切られたらしく負傷しております。もう一人、娘のほうは山で拾ったもので、記憶が無いとか」
「記憶がない。話しを聞いてみようか」先ほどの騎馬武者が再び二人のもとへ、
「これ、我が殿がその方らに伺いたいことが有るそうじゃ。しかと答えよ」
 身を挺して待ち受ける二人に、みごとな顎鬚をたくわえた立派な身なりの武士が騎馬のまま近づいてくる。
その風貌は古の中国の名将「関羽雲長」を彷彿とさせる。
彼は二人をみすえ、
「二人とも面をあげよ。太助、と申すか。そのほう蓬田の庄で薬師とな?」
「はい、私は蓬田の庄に住み、薬草を極めんと山に入りては新薬を調合し、研究しております」
「して、そこな娘子を見つけたと申すか」
「はい、この先で倒れているところを助けました。」
「娘、記憶が無いか?」
 尋ねられた少女は背を正すと、
「人にもの尋ねるにあたり、馬上からでは無礼でありませぬか?まして用も無いのにいつまでも乗っていては馬がかわいそう」 と、馬上の大将を真っ直ぐ見据えた。
驚いた部下どもが「無礼な!手打ちにしてくれる!」といきり立つ。
この娘は気が違ったのか?!
驚きおののき、次に起こるであろう悲鳴と血しぶきを直視するまいと目を瞑った私の耳に入ってきたものは、それと反する呵呵大笑するドラ声であった。
「はは、面白い娘子よ。私が怖くはないか。」
「名前も知らぬ御仁と聞く口は持ちませぬ」
「こ、この無礼者めが、殿、もう我慢できませぬ。この場で切り捨てましょぞ」 周りのものには既に抜刀している者さえいる。
「まてまて、云われればもっとも。」 おもむろに馬から降りると、
「我は大浦為信と申す。この者らの纏めじゃ」
 おお、これがあの為信殿か。
南部一族の中から抜け出し、己が野心の為だけに棟領を攻め討ち取った、この戦国の世によくある無頼の途。
そういう風聞だったが、人の言を聞くゆとりこそ心器の大きさの証である。
心根が矮小なものなら部下に任せるまでもなく、本人がこのまだ子供と云ってもおかしくない娘の首を撥ねていただろう。
見事な髭に猛々しく引き締まった唇。
いかにも戦国武将然としておるが、よく見れば、あの目には一見厳しくもその瞳の奥に何処となく人好きのする愛嬌があるではないか。
この人が津輕の棟領となるか、そう思うと、この為信殿への新たな発見は、乱世の世において、未来を思えば暗く険しい道を想像するしかない私の置かれた現状の中、真っ暗な洞穴の中に小さな蝋燭の明かりが灯されたようにも思えた。

 しかし、娘は為信殿を知らぬのか、きょとんとしている。
「娘、馬は人が乗るものぞ。ましてここは戦場。馬も怒るまいよ。」
「馬と云えども命有るもの、この星に、いいえ全宇宙に生きとし生けるもの、すべてが皆仲間なのです。」
「面白いことを云う。馬が友というのも肯ける。しかしこの大地が星とな。宇宙とは何じゃ?じゃが、その前に、そちの名は?」
「わたし・・・ですか?名は・・・わかりません。」
「人に名を問うて、己は知らぬか?」
「申し訳ありません。」私はつい娘の代わりに謝ってしまった。
「まあ良い。娘子、記憶が無いとか!生国も判らんか!?その戦仕立てのような衣装とその珍しい瞳の色は、近在のものともおもえんが。まあ良いわ、ならば我が侍医に診させよう、我が城へ来よ。」
「だけど・・・」 と、娘はコチラを見る。
「何じゃ、命の恩人が気にかかるか!?」(いや、命の恩人は娘のほうだ!私はそう思ったが口には出せない)
「心配するな、我が郷土の者を誰が見捨てようぞ。その方ら共に城へ参れ。医者を呼んでやろう。」
私の顔を武者達が怖い顔で睨みつけている。
「エッ、いや、あの・・・ハハー!」
私は思わず断ろうとしたが、そんな雰囲気ではない。(参ったな、これはついていくしかしょうがないか!?)

 こうして、一部のものに残党狩りを命じた為信殿に従い、我ら二人は共に城に行くことになった。

 このときから私にとって、そして為信殿にとって数奇な運命の歯車が回り始めたのだった。


Legend of WaSaBI 
to be continue ⇒ 03-1585 大浦城
不思議な少女「ワサビ」と遭遇した私は、津軽の武将大浦為信とともに、数奇な運命の歯車が回り始める
奇妙な色をした瞳の少女「ワサビ」とは!


 00. Prologue  01. 弘 前  02. 東日流霊異神記
1585 岩木山百沢
03. 東日流霊異神記
1585 大浦城(弘前付近)
04. 東日流霊異神記
1585 大浦城 その2